適当な散歩録

愛知県三河の散歩。たまに遠州南信に遠征。その備忘録。放置系ブログです。

2015年01月

冬の岡山旅-11 路面電車と桃太郎イルミを眺める

岡山駅の前には、路面電車が走る。岡山駅前から、宿泊先、岡山城などに行くときに利用した。路面電車なので、下手すればバスよりも遅い。車と同じように、信号で止まる。だけど、わずかな移動であっても、ごとごととゆっくり移動する路面電車は、不思議な魅力がある。とくに旅には。 ただハードスケジュールの旅だったので、あまり乗ったり眺めることはできなかったのが、ちょっと残念。

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たぶんきび団子のパッケージだったような
広告も岡山を感じるものだと、観光客としては見て楽しい。車両のモーター音も、頑張ってる感が伝わってくる。
料金は岡山駅前から岡山城の近くの城下までの区間で100円。ICOCAも使えるので、manacaをタッチしてみたが、エラー表示。使えませんでした。

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“たま”号
“たま駅長”がいる和歌山電鐵は、岡山電気軌道の子会社。というわけで、“たま号”が岡山の町を走る。もちろん耳もある。

ちょっとおまけ↓

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こちらは和歌山電鐵の“たま駅(といっても違和感無い駅舎)”ではなく、貴志駅の社長代理。
うつらうつらしてますが、そこが猫ちゃんのいいところ。

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貴志駅前(ここは和歌山県です)
ゆるキャラ“たま社長代理”も、大人気でしたよ。


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マンホール
さすがは岡山。桃太郎が大活躍!!


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桃から生まれた桃太郎
“ポンポンポンポン”と鼓の音が聞こえたらなお素晴らしい。

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岡山駅
ツリー型のイルミなら、「ふーん」で終わるが、桃太郎イルミの場合は、「おーっ!!」となる。 観光PRとしてのインパクトは比較にならない!! と思う。

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駅前イルミ
旅人としては、もの凄くわかりやすいイルミで、見て楽しい。 ハートと一緒に桃が浮かぶのも素晴らしい!!



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駅そば“あじわい”

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券売機
麺類だけでなく、いろんなものを提供してますね。カレーとか。店にカレーの写真があるぐらいなので、看板メニューの一つなんだろうか?

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かき揚げうどん
たぶん410円だったと思う。基本的に立ち食い系では、蕎麦を食べることが多いのだが、ここはあえてうどんを。味の評価は貧弱な舌を持つ自分には、難しいのでカット。美味しかったですよ。西日本の汁という味(あたりまえですが)。 個人的にはやはり西日本は蕎麦よりうどんがうまいと感じる。

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うずしお
いつか四国に行くときにはお世話になります。

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新幹線ホームの駅そば“あじわい”
外見デザインはほぼ同じ。

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券売機
こちらは交通系ICカード対応。便利です。

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きつねそば
390円だったと思う。 ちなみに“ままかり寿司”もおいてあった。 食べればよかったな。
いつもながら旅の中で食事を占める割合は低い。津山ホルモン焼きなどは、食べたかったのだが、時間がなく断念。岡山での晩も、ふらふらと迷いつつ、結局ご当地とはあまり関係の無いものを食べてしまった。ただ僅かなこだわりとして、全国チェーン系だけは避けましたが…。今回もご当地メニューをあまり食べることなく、終わってしまった。きびだんごは食べましたが。

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700系レールスター

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500系
岡山の余韻を楽しむ時間。久しぶりに見た。やはりかっこいいね。

もちろん帰りは、この車両ではなくN700系のぞみ56号で名古屋へ。いつもながら慌ただしい旅であったが、城巡り中心に、楽しい旅でした。
撮影14年12月
 
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冬の岡山旅-10 備中高松城 水に守られ水で攻められた沼城

岡山駅からJR吉備線・総社行に乗り、備中高松駅に向かいます。目指すは備中高松城。

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吉備線・総社行
総社までは、“たびきっぷ”のフリーエリア。なので今回はフリーきっぷで。しかし津山線はエリア外。もう少しフリーエリアが広いとお値打ち感があるのだが…。 そんなこんなで備中高松駅へ。

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史跡 舟橋
備中高松駅から北方面に向かって数分ぐらい歩いたところにある。 なんとなくこの橋が史跡なのかと思えてしまうが、実際は防備のため、舟を使った移動式の橋が架けられていたということでしょう。

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公園に入る
水田広がる中に、整備された公園がある。この辺りが、備中高松城跡。大河ドラマ“軍師官兵衛”でも見せ場の一つだったと思う。

備中高松城 高松城は、備前国に通じる平野の中心、松山往来沿いの要衝の地にあり、天正10年(1582)の中国役の主戦場となった城跡として有名である。 城は沼沢地に臨む平城。城の周辺には、東沼、沼田などの地名に象徴されるように、沼沢が天然の外堀をなしていたのが窺われる。(現地案内看板より抜粋)

中国役 織田勢と毛利勢との戦い。秀吉は高松城の周囲に約2.6kmの堤防を短期間(12日間)で築き、梅雨を利用して足守川の水を引き入れて水攻めを敢行。籠城1カ月余を経て城兵が飢餓に陥った頃、本能寺の変が起きる。秀吉は毛利との講和を急ぎ、高松城主清水宗治の切腹と開城を条件に休戦を成立させ、高松城落城。(現地案内看板より抜粋)

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看板

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三の丸付近

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看板

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高松城址資料館
蔵を移築して資料館にしているらしい。夕方なので閉館。

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二の丸跡

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看板
宗治蓮 沼を復元したら、自然に生えてきたらしい。

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本丸跡

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看板
真ん中にいるのが羽柴秀吉。写真では判りにくいが、黒田官兵衛は秀吉の左側の水際に小さく小さく描かれている。主役はあくまで秀吉で、官兵衛はおまけのような存在。 わずかに主役が関わるだけでも、盛んにPRする観光地もあるのに対し、ここはあまりPRしていないように感じた。まあ、ドラマが終わったからなのかもしれないけど。

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清水宗治辞世の句
「浮世をば今こそ渡れ武士の名を高松の苔に残して」

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清水宗治首塚
明治期に本丸跡に移転改葬されたもの。

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看板
水攻音頭?!

もう暗くなり&疲れたので断念したが、築堤跡が蛙ヶ鼻に残っている。本来はそこに行くべきなんだろうけど。

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備中高松駅
もうすっかり夕暮れ。

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跨線橋

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駅名標

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備中高松でも慌ただしく観光、再び岡山駅へ。
撮影14年12月

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冬の岡山旅-9 津山衆楽園 津山藩の庭園を眺める

美作津山城から北に向かって10分ぐらい歩くと、衆楽園にたどり着く。

衆楽園 森家二代藩主長継公が、明暦3年(1657)に 京都から作庭師を招いて築造した、池泉回遊式の庭園。京都仙洞御所の流れをくむ造り。北には中国山地を借景とし、東南には上品な湖水の景観。衆楽園という名称は明治になってからつけられたもの。(観光パンフより抜粋)

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庭園入口
旧津山藩別邸庭園。入場無料。

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小池?
門をくぐると小さな滝? が見えてくる。

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広大な池
庭園の大半を占める池。池に4つの島が浮かぶ。やや広角気味で撮っているので誇張もあるが、広々としているのは確か。

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紅葉島を眺める

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風月軒を眺める
風月軒で民家や電線などの背景を隠して撮ればよかった、とあとで写真を見て思う。 
ここで抹茶でも飲んで、ゆっくりしたい。



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余芳閣と迎賓館
園内に別邸時代の建物はなく、何れも再建。市民は利用することができるらしい。

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庭園の北方
もともと水はなく、水の流れを再現しているのか? それとも、梅雨時には水がある?

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曲水
池の周りを流れる小川。 当時の庭園は、今の3倍の広さがあったらしい。

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徽軫灯籠?

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様々な橋が架かる
行楽シーズンでもなく、しかも平日ということもあり、庭園を独り占め状態。大名気分を味わえた? もう少し暖かい季節なら、散歩などする人もいたのだろうけど。 冬なので全体に枯れ色ではあるのだけど、静かな時間を楽しむことができた。 というわけで、慌ただしく、津山駅まで歩く。

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津山駅
ここには扇型機関車庫がある。見たかった…。

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再び岡山へ

慌ただしいスケジュールの中での津山観光。 本来であれば1日かけてゆっくりと街歩きができればよかったと思う。そんなこんなで、岡山駅へ戻ります。
撮影14年12月

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冬の岡山旅-8 美作津山城-後篇 かつて初期層塔型天守があった城

備中松山城のような山城と比較すれば、大したことないのですが、それでも津山城は平山に建てられた城(本丸まで45m)。バリアフリーとは程遠い城。もっともバリアフリーの城なんて本来は存在するわけないですけどね。 何段も石段を昇り降りするのは、ちょいと疲れる。当時の殿様は馬で登ったんですかね? というわけで、後篇。いよいよ本丸に突入です。

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包櫓跡
ここは切手門をくぐり(実際には門はありません)、石段を登り二の丸から本丸へと続く中二階のような位置。写真左隅にある看板が↓

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津山城legend?!
最近はこの手の萌えキャラ?? が多いような。どういった層を狙っているのだろうか? ちなみに最近は山本昌投手やスキージャンプの葛西紀明選手などベテラン選手を、legendと称するようだが、バブル期の名残に免許を取った自分には、ホンダの車を思い浮かべる。また復刻したようだが、変わることないのは、昔も今もまったくもって自分には無縁の車。いいんです、動けば…。

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表鉄門跡
雨対策用なのか、踏み石も用意されている? 文化財保護が目的でしょうね。

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本丸
おそらく大規模な工事が行われたとはいえ、山の頂であるにもかかわらず、広い本丸。かつてここには、本丸御殿があった。 しかし、“火気厳禁”や“ごみ箱はありません”の看板の位置は、何とかならないのだろうか? はっきりと目立つように書かないと、ここでバーベキューをするような不届きものが出るからなんだろうけどね…。

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復元備中櫓
天守に次ぐシンボル的な存在のために復元したらしい。ここも市民としては、天守をあげたいところなんだろうけどね。

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備中櫓内部

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いつものように厠も撮る。 しかし本当にここにあったんだろうか?

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五番門
天守に至るこの辺りは、より強固な防備となっている。写真の右上あたりに存在していた天守から、総攻撃を食らうはず。

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天守台
天守は独立式。石段を登り右に曲がると、穴蔵へと続く。

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天守台から穴蔵を見下ろす
穴蔵から階段で天守に登る。おそらく梯子のような階段で。
明治初期まで、ここに地上五階の層塔型天守が上がっていた。 この天守は層塔型の初期のもので、破風がなく、籠城を想定した戦闘型の天守。 それまでの望楼型天守は死角が多いのに対し、層塔型は四方に矢や鉄砲を撃ちまくることができた。

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天守台から備中櫓方向の壁を見る

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大井戸跡と本丸
今は広々としているが、かつては御殿や天守があるので、景色がまるで違う。
ちなみに津山城天守は五層。しかし、このころ幕府は五重天守をあげることを制限していた。しかし四階部分の屋根を板葺きにすることで、四層にみせかけ(言い切り)、この制限をかいくぐったらしい。いつの時代も考えることは同じようで。

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粟積櫓跡
城内で最も急勾配の石垣らしい。 この時石段の入口のところにある看板が、“石垣に登らないで”と書いてあると思いこんでいた。しかし、後で写真を見ると、ふさがっていないし、しかも上にも看板がある。よく見ると、“石垣の端に寄らないで”と書いてあった。登れたんですね。残念。

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鶴山館

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三の丸から備中櫓を眺める

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厩堀辺りから眺める 

明治初期に取り壊されてしまった津山城。 津山城の観光案内パンフには、壊される様子を見て、驚きと残念さから、この年に生まれた子供に、城は見られなくなった、という意味合いの名を付けたものもいた、とある。 石垣を見ても本当に立派な城だけに、街の中心にそびえたつ城が失われる様子は、さぞ悲しいものがあったんでしょうね。 津山市民としては天守をあげるのは、悲願なんでしょうかね。賛否両論なんでしょうけど。 天守が残っていたら、どんな景色だったのだろうと思いつつ、次の目的地へと向かいます。
撮影14年12月
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冬の岡山旅-7 美作津山城-前篇 石垣で覆われた平山城

岡山城を後にして、路面電車で岡山駅へ。岡山駅からは津山線の快速に乗り込み、およそ1時間10分をかけて、津山駅へと向かう。

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キハ47形 快速ことぶき 
塗りなおしたばかりなのか、光沢がある朱色。

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亀甲駅
駅には亀の甲羅のような石の上に亀。駅舎が亀のようなデザインの駅らしい。

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津山駅前
駅前ロータリーにも石垣が。石垣の上に立っている人は不明。

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津山駅
ありし日の津山城看板。少しだけ城を意識した駅舎に改装されている?

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マンホール
ここにも石垣が。津山では河童を“ごんご”と呼ぶらしい。

津山城  慶長8年、岡山城主小早川秀秋が断絶改易。森忠政(森蘭丸の弟)が美作18万6500石で入る。鶴山の地に築城し、その後、津山に改名。一つの山全体を石垣造りにする巨城。今は鶴山公園として整備されている。


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冠木門跡
木の枝が寒々しい中、受付のお姉さんから、「寒い中ようこそおいでくださいました」と迎えられる。とても親切に案内してくださいました。

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二の丸表中門跡と石段
とにかく広い登城石段。堂々とした道ではあるが、防御も堅い。小心者の自分は真ん中ではなく隅を歩く。

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表中門石段を登り始めて東側を眺める
石段右側には見付櫓があったようだ。

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二の丸から本丸石垣を眺める
たぶん格子門跡辺りだったと思う。美しい勾配。完成期に近付きつつある石積も、これまた美しい。

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裏中門跡
調査中だったのか、通行止め。

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厩堀
ここは石垣ではなく土塁。ここで馬を洗ったりしていたんですかね?

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石樋

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裏下門跡辺りの石段
この辺りの石段は多少崩れ気味。この位の雰囲気が好きなのだが、かといってこのまま放置すれば、崩落の危険も。だからといって、綺麗すぎる修復も嫌なんだよね。

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三の丸から二の丸石垣を眺める
この高石垣の上に塀や櫓が建つのだから、さぞ迫力があったのだろうと思う。

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三の丸から眺める
石垣の上には紙櫓があった。この石段を登ると、裏下門に続く。桜の名所なだけに、桜が咲いていたら、さぞ美しいだろうなと思う。しかし今は寒々しいが、写真は撮りやすい。

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切手門辺りから備中櫓を眺める 
石段を登り、折り返したところに表鉄門があり本丸に続く。 とにかく山全体が石垣で、後から写真を見ると、どこで撮ったのか、わからなくなってしまった (^_^;)。 今年の冬は12月から寒い。とにかく階段だらけなので、大雪になったら、苦労するだろうなと思ったが、幸い雪が残ることもなく、見学することができた。 というわけで、本丸編へと続きます。
撮影14年12月
 
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